back number「青い春」

back numberのことを認識した楽曲。
恋愛を歌うだけではない、若者の代弁者だったんだこのバンドは。
今を生きる若者へ、「踊らされる」んじゃねえぞ、自分で「踊る」んだ。

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青春が持つ残酷さ

小学校、中学校、高校、大学。整理された線路の上を走ってきた。
生じる違和感。「みんな、やってるから」、やる。
自分の意思で決めたものなのか、誰かに決められたものなのか、それすらも曖昧。

もちろん、義務教育であることは重々承知している。
ある程度の年齢までは、決められたレールを走らせることに意味はあると思う。

でも、高校入試、大学入試。さらには就職活動。
ここまで、1セットの商品。あまりにも、閉鎖的。それ以外の選択肢を無くされているかのよう。
強い同調圧力。何でも、自分で決めているようで、実は袋小路に入ってしまっている。

「羽ばたく為のステージで 這いつくばっていても」

「勉強して、良い大学に入れば、良い企業に入れて一生安泰」という価値観の浸透。
一般的に、学力というのは後天的に身に付くとされている。
だから、頑張った分だけ勉強ができるようになる。
だから、自分が頑張れば、一生安泰。

努力至上主義。ある意味、残酷な世界。
「やっても、できない」ことがあるのに。

じゃあ、努力は無意味なのか?
整理された線路の上すら歩けない人間はどうすればいいのか?

「また踊りながら 必死で生きているんだ 理想の未来なんて 用意されていない」

結局、「理想の未来」なんてものは、誰かに与えられるものではなく、自分で見つけるもの。

いま、自分が走っている線路の上だけが、正しいわけじゃない。
線路を外れたら、また別の線路に乗り換えすればいい。
自分に合った線路の上を走っていけばいい。
そこで、出来る限りの努力をすればいい。

自分に適した場所で、華麗なダンスを踊れ。

back number「青い春」

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